日本屈指の銀の生産地として栄えた石見銀山。2007年にはその町並みと共に世界遺産に登録され、毎年外国人を含む多くの観光客の方が訪れています。
かつて東アジア経済を動かした世界でも有数の銀鉱山。その鉱山と大森の町を守ってきた地元の人々。そんな町だからこそ残せた景色があります。
石見銀山遺跡とは
1527年に博多の商人により発見され、以来国内有数の銀の生産地としてその名が知られるようになりました。1923年に閉山を迎えてからも、その功績は色褪せることなく遺跡として現代まで受け継がれてきました。素晴らしいのは、鉱山そのものだけではなくその町並み。
上空から眺める大森の町は緑の谷の中に町が犇めいているような造りで、長閑で昔ながらの雰囲気を残しつつも現代との調和も感じられる町並みです。「残すべき場所は銀山だけではない、この町そのものである」。この町の人々が古来より抱いてきた揺らがない町への思いが、今も息づいています。
【石見銀山遺跡 特別インタビュー】
過去を重んじ、今に活かす。そんな風景がこの石見銀山遺跡では多くみられます。それが可能になったのは、地域住民たちの大森の町への熱い思いがあったからこそ。
この町にとっての銀山遺跡、そして地元の方々にとって遺跡がどれだけ大切な存在であるか、その熱意をお聞きしました。
①古きを活かし、新たに楽しむ。
銀山遺跡の中でも特にここは見応えがある、という場所はありますか。
石見銀山は世界遺産ですが、パッと見てインパクトのあるモニュメントではありません。ですが、その一つ一つは非常に渋く価値のあるものです。見所というと、登録後に公開となった大久保間歩というものがあります。間歩というのは、鉱山を採掘するために掘った穴のことですが、この大久保間歩は銀生産の心臓部のような場所で、ここで採れた銀が東アジアの経済に大きく影響したと言われています。
銀山のなかでも非常に重要な部分なんですね！町並みはどんな印象でしょうか。
この町は観光地ではないので、土産物屋がたくさんあるなど賑やかな雰囲気ではありませんが、人々がそこに住んでいて暮らしが息づいている世界遺産、というのはユニークなポイントかもしれません。そういった雰囲気が外国人の方に受けるのか、海外からの方は「もう一度町を訪れたい」という方も多くいらっしゃいいます。
確かにあまり見ない形の世界遺産かもしれません。
実は銀山遺跡だけではなく、温泉津温泉という温泉街がありこれも世界遺産の一部なんです。昔、石見銀山は温泉銀山と言われていた時代がありました。温泉津は石見銀山と一体となる場で、そこを介して銀を流通させることでより銀の価値が高まったと言われています。そういった意味で非常に注目されている場所です。
温泉もあるんですね！他に町並みの特徴として注目ポイントはありますか。
1800年（安政12年）に町の3分の2を焼き尽くす大火がありました。その後火災に強い石州瓦という赤い瓦を置き、それにより今の町並みの原型ができたと言われていて、その瓦の景色は綺麗だと評判です。火災で焼け残った武家屋敷や商家などは現在指定文化財になっていて、それらを含め町並み保存地区となっています。江戸から昭和までの建物が複合して姿を留めながら現在も活用されています。
具体的にはどういった活用をされているんでしょうか。
たとえば、昔の郵便局が今はオペラハウスや宿泊施設、パン屋さんになったりしていますね。伝統的な建造物を使いながら新しい町並みへと進化を遂げている過程だと言えます。
過去のものを今に生かす、素敵な活用ですね！
それによって町自体に変化はありましたか。
移住者が結構増えています。以前は保育園は園児が2名しかいなかったんですが、今は20人以上いて一時期待機児童も出たんです。人口減少もあまりなく、これは優秀な事例ということでNHKの番組で特集されたこともありますよ。
それは嬉しいお話しですね！若い世代の方にも町並みが評価されているんですね。
昔ながらのものを使いながらも新しさを感じられる、ユニークな町並みがいいんじゃないでしょうか。たとえば、デザインや絵を勉強されている方などが町並みを気に入って移住される方も多くいて活気がありますよ。
ぜひ広く見渡してみたい景色です！どこか一望できる場所はありますか。
同じ大森町内に観世音寺という寺院があるんですが、その場所からだと石州瓦を含む町並みを一望できます。瓦についても赤だけではなく黒色の瓦もあるんです。すべてが同じテイストではなくバラエティーに富んでいるので、観世音寺のような高台から見ていただく景色はおすすめですね。時代感が出ているところだと群言堂という雑貨店があり、その店舗の写真もメディアによく使われています。
どこか特徴的な風景なんでしょうか。
店舗横に昔ながらの円筒型の赤いポストがあるんですが、それが風景の中に差し色として映えているんですね。古来からの雰囲気がそこには残っていて、懐かしい気分になれます。
本当に昔ながらの風景を見ることができるんですね。
他にオススメのスポットはありますか。
港の方であれば、温泉津湾ですね。山が海に迫る、海に浸っているような感じがして迫力があるんです。実は、石見の語源は「岩」に「海」と書いて「イワミ」と読んだのが始まりじゃないかとも言われているんです。そういう始まりの場所でもあり、遺跡の方とはまた違った町並みを楽しめる場所です。
②山が光った！？銀山発見のきっかけ。
では石見銀山遺跡は、そもそもどういった経緯で発見されたんでしょうか。
1527年に、博多の商人が船で日本海を航行しているときに銀山の山が光ったという伝承があるんです。
山がですか！？
ええ、山は光らないとは思うんですが(笑)そういった伝承があり、それを裏付けるかのように1600年頃の下駄が見つかっているんです。それには山と船が描かれていてまさに伝承を連想させるようなデザインなんですね。
それは面白いですね！そんな下駄が見つかったのもすごいです！
ですよね。興味深いです。
③世界を動かした銀と、日本独自の管理システム。
では発見後、鉱山が栄えるきっかけは何だったんでしょうか。
栄え始めたのは16世紀、1527年に発見されてから本格的な開発が始まったと言われています。その頃、中国では銀が不足していて中国に銀を持ち帰るとかなりの価値になると分かりました。そこで、博多の商人が銀鉱石を持ち出し、中国へ渡り東アジアの経済が動くきっかけになりました。その後、精錬技術が日本へ伝わり銀の生産が盛んになり、世界の約1割にあたる莫大な量の銀を生み出したのです。
その頃、世界はどういった時代だったんでしょうか。
ちょうど大航海時代の後期にあたる頃で、スペインやポルトガルが世界を席巻していた頃でした。特に東アジア方面にはポルトガルが進出してきており、現在のマカオに拠点を置いていました。そしてスペインはフィリピンにも進出し貿易を行います。この取引により世界経済の一体化が進んだと言われています。背景には銀があり、その中でも大きな役割を果たしたのが石見銀山です。まさに日本の銀の時代でした。日本では戦国時代の初期にあたり、鉄砲やキリスト教の伝来など、国内でも重要な変革期を迎えていた頃でした。
世界遺産に認められたポイントは他にもあるんでしょうか。
大きなキーワードとなっているのは「自然との共生」です。これは遺産登録の際にもかなりクローズアップされました。16世紀という当時としては珍しく、この石見銀山では鉱山でありながら、日本ならではの樹木管理が行われていました。
具体的にはどういった管理方法でしょうか。
普通、木は伐採すればそのままですが日本では木を伐ったら植える、という循環型の管理が行われていました。クヌギやコナラといった樹木は20年ほど経ち老木になるとCO2も吸い込みにくくなりますから、樹木としての役割が一つ減ってしまうんです。そういった木を伐り燃料として使用する、一つの燃料の供給システムが出来上がっていたんです。木を伐ったままなくすのではなく環境に配慮した点がユニークであるというのは世界遺産委員会でも多く発言のあった内容です。
③町への「情熱」が創った、遺跡の町。
では、地元の方の石見銀山遺跡への思いはどういったものだと思われますか。
一言で言えば、とても「熱い」ですね。
熱い、と言うと具体的にはどういった内容でしょうか。
石見銀山は1923年（大正12年）に事実上の閉山を迎えます。その後1930年代に入り1932年（昭和7年）に『石見銀山に関する研究』という本が出版されました。執筆者は山根俊久という旧制中学校の社会科の先生です。彼は「この鉱山は非常に価値のあるもの」という話を生徒たちに伝え続けました。そして時を経て1957年、この大森町全体で町を文化財として残していこうという動きがあり「大森町文化財保存会」という会が発足しました。
地元の方が主体となって作られた会というのは珍しいですね。
その会が発足するきっかけは何かあったんでしょうか。
昭和31年に市町村合併があったんです。その時、この大森町は近隣の大田市になりましたが、そうすると町が衰退すると地元の人々は考えました。そこで「ならば文化財として町を残そう」と考え、そういった会ができたんです。そして、その会の中心メンバーとなったのが、山根先生の教え子たちだったんですね。
それは素敵ですね！先生の教えがしっかりと伝わっていたんですね。
そうです。先生の教えを受け会を立ち上げて、保存活動への取り組みを進めました。さらに昭和42年にはその保存会の下部組織として「石見銀山遺跡愛護少年団」というものもできました。
少年、というと小学生ですか？
そうです！地元の小学生たちで結成された会で、そういった子どもの頃から町を守っていこうという意識が強いんです。発足当時の第一世代は、今ではもう立派に社会の中核世代ですから、彼らの尽力によってこういった町並みが残っているとも言えますね。
皆さん、本当にこの町を愛しているんですね。
そうですね。目指すところは「町を良くしていこう、良い状態で残していこう」というところから変わりません。変わらないので、活動にもブレがないんです。産まれた瞬間からそういった町の一員であるというのは、この町に暮らす人にとっては誇りでもあると思いますよ。
石見銀山遺跡でのイベント
毎年3月に「梅まつり」というイベントが開催されています。かつて、銀山を掘る際に粉塵などを吸い込み肺などを患うことがあった採掘作業。そこで、日本最古のマスクが考案されました。絹を二重織にして中に梅の肉を挟むとその梅の酢酸の作用で唾液が分泌されて粉塵を吸い込みにくくなる、そんなマスクでした。そういった縁からこのイベントを梅の時期に行っています。おおよそ40年ほど前に保存会の方々により梅の木が100本ほど植樹され、現在も梅との縁は続いています。
8月には「天領さん」というイベントも。昭和56年から始まり、この大森の町が幕府直轄領のいわゆる「天領」だったことにちなみ始まったお祭りです。町の人々が扮装して代官行列を行う大きなイベントです。さらに、京都造形芸術大学と連携して開催している神楽の定期公演もあり、「ゆのつ温泉夜神楽」と題して温泉津の神社で見ることができます。上演者も多く、この地域の伝統芸能として長く開催されているイベントです。※「銀力車」（人力車）は、2024年も実施予定ですが今後の実施予定は未定です。
今後の展望について
この町に暮らす人々がいるからこそ、世界遺産にも登録された。その光景は今後も持続的であることが大切です。この先も町の保存には尽力し、銀山の価値理解を進めることにも注力していきたいと語ります。町の保存は行いつつも一定数の観光客も呼び込まないといけない。そのためには、少しポイントを絞って整備することでより銀山の価値について理解を深めてもらえると考えます。価値を発信し、観光客の方に来ていただきつつその価値を理解して楽しんでもらいたい、それが世界遺産全体のレベルアップにも繋がると感じています。
自然との共生、という点は遺産認定された中でも大きな部分。日本ならではの循環型で環境へ配慮したこの考え方はこれからも受け継がれてほしいと思います。
また、3年後の2027年がかなり重要な年なんです。というのも、銀山発見から500年、そして世界遺産登録から20周年、町並み保存会の発足から70周年、さらに1987年に重要伝統的建造物群保存地区にも選定されているのでそちらも40周年と、記念イヤーが目白押しなんです！本当に特別な一年がすぐ迫っているので、そこに向けて実行委員会を立ち上げ情報発信を行うなど、さまざまな取り組みを進めている最中です。2027年、記念すべきこの一年に、もちろん今すぐにでも、この日本屈指の銀山遺跡を訪れてみてはいかがでしょうか。
アクセス
石見銀山遺跡
住所：〒694-0305島根県大田市大森町イ1597-3（石見銀山世界遺産センター）
TEL：0854-89-0183
開館時間 8：30～17：30
展示室観覧時間 9：00～17：00（ 最終受付 16：30 ）※3月～11月は30分延長
休館日：毎月最終火曜日・年末年始
